上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
□投稿者/ ガーネット -(2005/01/15(Sat) 19:23:45)

MMO(FF)を辞めた1番の理由、体験して感じた事を投稿させて頂きます。

私は間もなく40歳、一人暮らし独身女性、自宅で自営業を営んでいます。営業で外出しない限り家に居る事が出来るので、一日平均5~8時間、約2年やっていました。MMO辞める理由はホント人それぞれだな~と読みながら思いましたが、私は辞めるまで自ら「辞めよう」と思った事はなかったです。今から思えば犠牲にしてた事はいっぱいあると反省する点もありますが、FFをやっているせいで現実世界に支障を来たす事はないように努めていたので、危機感は全くありませんでした。

辞めるきっかけとなった出来事は、FF内の友人数人と考え方の食い違いから衝突があり、ストレスを抱え愚痴が多くなっていた時に、元FF仲間の彼氏(リアル彼氏です)から「少しFFから離れてみたら」と言われ(辞めろ、とは言われませんでした)、オフラインゲームで気を紛らわしたりしながら離れてみた事です。それでも辞める気は全く無かったです。

ところが離れて時間が経つにつれ、次第に開放感が生まれました。
それは友人との衝突によるストレスからの解放と言った類のものではなく、もっと大きな自由を感じました。
洗脳が解けて行く・・・と言った感じです。
自分が何に一生懸命になっていたのか、じっくり考える「時間」が出来ました。

他のゲームはどうか知りませんが、FFの世界には宗教にも似た思想が蔓延していたように思います。
仮想現実というあやふやな言葉では言い表せない、倫理観や価値観の存在がある例えるなら小さな国家のような感じです。その世界はネットと言う情報に長けた若い世代が中心で、めまぐるしく飛び交う情報に多くの人が影響を受けつつ与えつつ、すごい速さで進化している世界のように思います。
そんな環境の中で、次第に自由は失われ「~でなければならない」と言う常識が出来ているようですし、莫大な時間をかけても欲しいアイテムなど、他人との競争心を煽られ、奪い合いも当然の世界になり、楽しみと同時にストレスの生じる出来事が当たり前の世界であったと思います。
現実世界とのバランスがうまく取れている人は、ゲームの中の社会に対して一歩引いた所から見ることが出来ていると思います。しかし、自制心に欠ける人、或いは感化されやすい人などは、気づくと現実世界よりも、ゲームの中の国家の国民になってしまってるように思います。

私の体験した出来事から一例をあげます。
FFでは寝釣りやRMT、使えないGMなどあらゆる問題がプレイヤーの間で「問題視」されていましたが中でも大きな問題になったのが外国人プレイヤーとの摩擦でした。FFでは外国人も日本人と同じサーバーでプレイ出来るようにしてしまったのですが、英語が全く苦手な人にはやりにくい上に価値観の違う(主に)アメリカ人を「害人」と称して毛嫌いする空気が蔓延して行きました。確かに外国人プレイヤーは日本人から見たら酷いプレイをする人が多かったのは事実ですが、中には友好的な良い外人さんもいるし、私は出来ない英語の勉強をするつもりで外人さんと関わってそれなりに楽しんでいました。けれど「外人」と聞くとみんな引いていく感じ。接したくない人に私自身は強要した事は1度もありませんでしたが
「ああ、いつから『日本は』鎖国社会に戻ったのだろう。ここは江戸時代か?」
当時そう思っていました。辞めてから気づきましたがその時『日本は』と思っていたんですよね、私。
ご丁寧にも閉鎖的になっていく『日本人』に憂いを感じたりしてました。
日本が鎖国社会になったのではなく、ネット回線で繋がっているだけのあのちっぽけな国家の中だけの出来事だったのに・・・。自分の「世界」の基準が「FFの世界」になっていました。

加えてその当時、友人との意見の食い違いの発端にもなった事ですが、外国人と一緒にプレイする事を「辞めたほうが良い」と忠告されるようになりました。彼らは親切のつもりで言っているようなのですが、何故辞めなければいけないのか?と言う問いに対して、非常に曖昧な一般論(あくまでもFF内での一般論)しか言いません。すでにその人自身が考えた回答と言うものがなく、世間の人たち(これもFF内の世間)が言っている事、ネットの情報に出ていた事、それらが基準になっている話ばかりでした。そしてそれらの情報を同調して欲しいと言う感じで押し付けられるようになりました。
無個性で、均一された価値観、同調してくれる意見を求められる。強要される。
ものすごく辛気臭いものを感じます。
こう感じるのは私だけかもしれないと言う前提ですが、私のLS(常時チャット出来る特定の仲間)は20代、30代がメインでしたが20代のネット通(しかも廃人或いは廃人候補)の人にこう言った傾向は強かったです。

適切な表現ではないかもしれませんが、辞めようと自分で思ったとき「脱北者」になれた、と彼氏と話した事があります。
客観的に自分を見たとき、いかに自分が特殊な環境の特殊な価値観に毒されてしまっていたか、自分で自分の世界をとても小さなところに置いてしまっていた事に気づき、もう2度とあの世界には戻りたくない・・・・・・そう思いました。
失うものは時間だけではなく、自分の価値観や世界観をも見失ってしまう危険性があると思います。

リアルは自由です(ちなみにMMO辞めてから『リアル』なんて言葉使ってません)。
リアルではブランド物を持って無くても誰も何も言いません。
でもね、学生のみなさん、就職試験は多くの会社から学歴は問われます。
無職の方、ゲームの中の価値観に従って自分を正当化している部分はないですか?
引き篭もってしまった方、リアルの人の方が気持ちに余裕があってずっと優しいですよ。

「ゲームとは楽しむための物」これを自分で定義としています。少し大きい文字少し大きい文字小さい文字少し大きい文字
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。