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□投稿者/ pipiy -(2005/04/21(Thu) 16:37:17)

数年前にROを始めた友人がいます。
友人がROを始めた頃、面白いからやろうよ、と誘われたのですが、私自身は元々興味がないので、やる気にはなりませんでした。それからも会うたびに関連書籍などを持参してはしつこく誘われるので、毎回断り続けていました。それが一ヶ月から二ヶ月続いた後、次第に電話やメールが減って行き、とうとう携帯メールのレスすら来なくなりました。その時はまさかROが原因だったとは思っていなかったので、きっと忙しいんだろうな、くらいに考えていました。

そんな状態が続いて半年以上経った頃に会う機会がありました。すると、どんな話をしていても、結局ROの話になって行ってしまい、ものすごい苦痛を感じました。

ROで知り合った人達のプロフィールを聞かされ、どんな会話をしたか、どんな事をして遊んだか、まるで見当のつかない見知らぬ人(10人近くも)とのやりとりを二時間近く聞かされます。それだけでも辛いのに、その中で知り合った人と付き合うことになり、付き合っている人だけでなく他にもそういう関係になれる人がたくさんいるのだと自慢気に話されてしまった時のあの例えようもない不快感は忘れられません。

もちろん、どこでどんな人と知り合い、付き合うだの付き合わないだのという事は本人の自由です。友人の1人が関与できる事ではないです。ですが、「ネトゲで」ということにこだわり、さもそれがすばらしい事のようにとくとくと解説されても、それはハマってる人にしか感じられない価値観だと思えて仕方ありません。ネトゲだけでなくネットで知り合って付き合っただの結婚しただのという例を耳にする機会は増えたと思いますが、それでもそういうパターンに馴染みのない私からすると、ネトゲだろうが何だろうが、文字と画像だけを介して知り合ったという点では出会い系サイトと大して変わらなく思えてならないんです。それをファミレスだのファストフードだので大声でまくし立てられても、聞かされているこっちが恥ずかしいだけです。

そして、最後には必ず「やろうよ」と言われます。
やりたくなると思えるような話をしたと思っているのだから言える言葉です。

ゲームは好きですし、純粋にゲームのみを楽しめるならともかく、ゲームもそこそこにチャットがメインのように聞かされてやりたくなるわけがありません。だいたい、それならオンライン“ゲーム”である必要もないでしょう。

たった一人の友人の言葉だけで断言するつもりはありませんが、もはや私の“オンラインゲーム”のイメージは“ネットとゲームが好きな人達の出会いの場(そしてそのコミュニティの中だけで展開される圧縮された生活)”になってしまいました。

ネトゲするのも、そこで誰と知り合って何をするのも、個人の自由だと思います。
でも、私はやりたくない。興味もない。そんな事にお金を使うのももったいない。
ネトゲの世界のコミュニケーションを現実のそれと混同されても迷惑です。

もう、友人がネトゲをやめたと聞かされても、昔のように付き合えるとは思えません。
ヴァーチャルの中の友人だけで一生過ごしていくならそれもいいでしょう。だけど、そうじゃない友人も大事にしていきたいなら付き合い方を考えないと、結局失う羽目になると思います。気づいたときには手遅れかもしれませんけど。
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